江戸和竿職人歴史と技を語る

2019年2月5日

江戸和竿の開祖東作

創業1788年(天明8年)、江戸和竿総本家東作の6代目松本三郎さん。かくまつとむさんがインタビュー形式で書籍化。

江戸和竿専門店 いなり町 東作本店

東京都台東区東上野3-32-13

最寄り駅は地下鉄銀座線稲荷町駅から徒歩1分。又は都営大江戸線新御徒町駅より徒歩5分。都心から交通の便が良い幹線道路沿いに、歴史と伝統を誇る東作のお店があります。一歩店内に入ると、そこは和竿の伝統工芸ワールド。江戸時代にタイムスリップしたようです。

国と東京都両方から伝統工芸品に指定されている江戸和竿。江戸和竿には”系図”があり、江戸で作られたからと言って、江戸和竿を名乗れる訳ではありません。職人の徒弟制度に従い、系図に載っている先輩竿師=親方に弟子入りして、晴れて独立を認められた者のみが江戸和竿師を名乗れます。

6代目東作松本三郎名人の回想

弟子の最も多かった4代目の時代。3升釜でご飯を炊き、荷車いっぱいの野菜を漬物に。よその子も職人として家にいるなら息子と同じ、と働きずくめのおかみさん。尋常小学校卒業後に弟子入りをした三郎さんは朝、先輩弟子を起こし、仕事場と店の掃除をすることから職人としての生活が始まります。

釣りの話は少なく、伝統工芸の専門的な分野も平易に書かれており、釣りをしない人でも伝統工芸や文化、大正から昭和初期の生活を偲びながら、楽しみながら読める本となっています。

手拭き 竿師独特の手法で、かぶれる漆を手で薄く延ばしながら塗る技法。塗りの深みと透明感を出すために、和竿は多くて7~8回漆の重ね塗りをする。

竹、布袋竹や矢竹を主材料に全てを手作業で、継ぎ竿にし漆塗りで仕上げる江戸和竿。使ってナンボの釣り道具に過ぎない釣り竿が、粋を好む江戸の文化と融合し、継ぎの精度や漆塗りの美しさは目を見張るばかり。伝統工芸にも昇華していきます。

竹 節ありて 強し  六代目 東作

あとがきより抜粋

亮平の手を取りながら教えていると、昔のできごとが次々に思い浮かんできます。親父やお袋、兄貴の事、兄弟弟子やお得意様。戦争時代。女房と結婚した頃。家の倒産と一からの出直し・・・。

世間の偉い人から見たら平凡な人生かもしれませんが、自分では、節目が詰んだ竹のような、それなりに充実した人生だったという思いはあります。

1920年生まれの6代目東作は、80歳のときに本書を”和竿職人の遺言のつもりで”残します。その後、最後の弟子となる東亮(6代目東作の甥。東作本店店主の息子で5代目東作の孫にあたる)にその技を受け継ぎ、2015年に95歳で永眠。江戸和竿総本家東作の血筋が、絶える事無く引き継がれました。

僕には芸術品のような6代目東作の和竿は不釣り合いだし、とても高くて買えませんでした。東作の系譜にあたる4代目東作のお弟子さん作の竿や、東亮作の竿のことなども、これから書いていこうかと思います。

6代目と共に最高級角印東作竿を誂えていた、東水さんの竿は今では希少品になりそう。いずれ画像でアップする予定です。僕の手持ちの東水竿は既製品です。

店主である父の目利きに合格して、息子東亮が「7代目東作」を襲名できるよう願っております。

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