沢木耕太郎「凍」

2019年1月31日

最強のクライマー山野井泰史さんと妻妙子さんのヒマラヤ・ギャチュンカン7952m北東壁初登攀を描くノンフィクション。沢木耕太郎のペンで、淡々とストーリーが進みながらも、生と死の境界線にのみ存在する極限のノンフィクションに深く吸い込まれてしまいます。

登山家という特殊な職業に従事し、マイナーなスポーツに熱中している奇人変人、では断じてありません。

純粋に、そしてひたむきに、山にクライミングに真摯に向き合う山野井夫妻の生き様。好きな事に生涯を掛けて取り組む人生。そんな生き方が垣間見れる本です。登山やクライミングの枠組みを外してみても、人間として純粋に尊敬に値し、好きになれるような人たち。

それが山野井泰史、妙子夫妻です。

凍傷そしてアクシデント

ヒマラヤ・ギャチュンカン7952m北東壁初登頂後(妻妙子さんは体調不良のため最終キャンプに残り登頂は果たせず)、天候が崩れていく中での下山中、2人は雪崩に巻き込まれてしまう。
妙子さんはロープ1本で宙吊りになり、山野井泰史さんは衝撃で一時的に視力を失ってしまう。
歩いて下れる登山道での出来事ではありません。急傾斜の崖をロープで確保しながら下降中の出来事です。

目が見えなくなってしまった泰史さんは、極寒の悪天候の中で手袋を外し、崖を素手の手探りハーケンを打てる場所を探すという決断をする。凍傷になるのは覚悟の上で。

先ずいらないのは左手の小指・・・手袋を外した左手の小指で氷壁を探りハーケンを打てる場所を探します。

次にいらないのは右手の小指・・・次にいらないのは・・・

極限の状況の中を自力で下山するまで、沢木耕太郎の淡々と状況を描く文章が、逆にリアルにその場にいるかのような迫力を伴って迫ってきます。

登山やクライミングをやっていない人でも、ノンフィクションの世界に引き込まれ、衝撃を受ける事請け合いのおすすめ本です。

純潔:山野井泰史、妙子夫妻の生き様

山野井夫妻はクライマーとしてだけでなく、その生き様も美学があります。

純粋に。ピュアに。

基本的にメディアに出演することや、講演など人前に出る事を好みません。

家賃2万円の奥多摩にある借家住まい。庭先の家庭菜園で野菜作り。生活費を切り詰めて登山費用を捻出するためです。

海外遠征登山にはそれなりに費用が掛かります。しかし山野井夫妻にとってお金、収入は2の次なのです。

Youtubeに山野井夫妻の動画があります。ご覧いただければわかると思いますが、登山道具もウェアも普段着も使い込まれて年期が入っています。それでいてみすぼらしさは微塵も感じられず、純粋に清く正しく美しく生きているんだなと感じずにいられません。それに比べて僕は何と汚れて雑念に惑わされているんだろう・・・。

山野井夫妻の生活そのものが、全てを賭けて真摯に山に向き合い、クライミングに集中する生き方なんだと感じずにいられません。

登山用具の卸商社マジックマウンテンの社長、社長もガチンコのクライマーです、が山野井泰史さんに惚れ込みサポートをしています。登山用具を「もっと持っていけ」と言っても、山野井さんは「ひとつで充分ですから」と必要最低限のサポートしか受けないそうです。

登山専門誌「山と渓谷」の読者アンケート”最も尊敬する登山家”でも堂々の1位に選ばれています。雑念のない純粋な人は強いんだ。

本書でも触れられていますが、山野井夫妻ギャチュンカンで遭難か?の一報が流れたとき、自身の登山を終え偶然カトマンズに居たイッテQ登山部の奥田仁一さんが捜索依頼を受けます。山野井夫妻は自力で下山し、遭難はしていなかったので、奥田さんは捜索に向かわずに済みました。しかし凍傷を負った2人を奥田さんは介護して帰国まで付き添っています。

服部文祥の山野井泰史評

尊敬する登山家としての視点、山野井氏に原稿を依頼する側のジャーナリストとしての視点、凍傷の前と後、的確且つ尊敬と愛に溢れた文章です。是非とも一読を。

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