中島誠之助「ニセモノはなぜ、人を騙すのか?」

2019年12月29日

ニセモノはなぜ、人を騙すのか? (角川oneテーマ21)

偽物の存在

骨董の目利きに限った本ではなかった。売り手と買い手の間に存在する「語り」。そこにある人の心理は、お金に関わるあらゆる分野に当てはまる。骨董が他の商品に変わっただけだった。

偽物が存在するという事は、その偽物に引っかかってしまう人がいるということ。また言葉巧みに騙してやろう、引っかけてやろうと企む輩がいることを意味している。

本物と偽物を見極めるのは難しい。プロの骨董商ですら騙される事もある。贋作師、汚し屋、直し屋といった職人がそれぞれの技を磨く。人の心理に付け込む巧みなセールストーク。素人に真贋を見極めるのは不可能なのではないだろうか。

魑魅魍魎の骨董の世界

著者の中島誠之助は1994年4月19日から続いている長寿番組、開運!なんでも鑑定団の鑑定士。1938年生まれ。骨董商、古美術鑑定家。骨董屋からくさは2000年に閉店し、以後鑑定家を本業とする。

僕自身には美術品や骨董品収集の趣味は皆無。これっぽっちも所有したいとは思わないけれども、全く興味が無い訳ではなく、鑑賞するのは嫌いではないし、全く興味が無い訳でもありません。

偽物はプロの世界で取引される

骨董の世界での偽物は骨董屋同士で仕掛け合うもので、素人を騙すものではなかった。その世界のプロ同士の仕掛け合い、騙し合い。偽物をはめられたら騙される方が未熟、という論理が骨董の業界に存在する。見極められなかった方が悪いと。骨董商間の取引では、偽物を買ってしまった方が勉強不足で目利きが出来ない未熟者、偽物を見事売り抜けた方は腕利きで鋭い。言葉巧みに売り抜けてはめ込んだ方が上手だったのだ、という論理だ。

しかし著者はインターネットオークション等に代表されるまがい物、贋作と言うに及ばずガラクタを素人相手に売っている事には警告を発している。「この文明の利器を使って素人を騙すために、偽物がまかり通っていることが許せない」と。素人は見極める目を持っていないから騙されやすいのだ。

偽物を未熟な同業者に嵌め込むプロは、事前に入念なシナリオを準備する。相手を呑む弁舌と、聞く者を無条件に信じ込ませてしまう風貌や雰囲気を醸し出している。駆け出しの未熟な業者ほど、引きつけられ、憧れを持って近づいていってしまうそうだ。

著者は「海揚がりの古備前」で過去に騙された事例を挙げて、偽物に騙されるのは3つの法則があると言う。

騙し騙される3つの法則

そのひとつ目は欲。「これはウブ品だから値が安い、儲かるよ」貴重とか希少、まだ市場に出回っていない、なんて言葉にも欲に駆られた人間は弱い。騙す側からすると欲を逆手にとれば、騙される方から食いついて来る。儲かるという甘い言葉を囁き、欲に訴えて相手の目を曇らせるのだ。

「儲かる」という欲に訴えることが、騙す騙されるの第1の法則。

懐が甘い

それなりに使えるお金を持っていること。提示された金額に実は罠が仕組まれている。適度な緊張感を伴う、出して出せない金額ではない絶妙な金額を提示する。ある程度高額で価値のある物だと思わせながら、相手の心理を揺さぶる事がポイント。みみっちい金額でもなく、出せない金額でもないという絶妙な金額の提示に、騙すテクニックと騙される心理が潜んでいると言う。

たわいのない世間話や抽象的な正論を織り交ぜながら、相手をじっくり観察して、どのくらい話に引き込まれて食いついてきているのかを見極める。こちらの話術をどのくらい信じているのかを。そして巧みな話術の機が熟したところで、絶妙な金額を提示する。

お人好しで懐が甘くそこそこ使える小金を持っている人が、騙されやすい第2の法則。

不勉強

第3の法則は不勉強。骨董の名品には、必ず物語と理論が存在する。それが付加価値になって高い値段が付いて取引される。そこに奥深い薀蓄があればあるほど、知らないというコンプレックスと知りたいという知識欲、儲けたいという欲に訴える事が出来る。都合の良いように解釈して信じ込み、その話術に引っかかってしまう。引っかかる、騙されると言うよりも、ハマッてしまうそうだ。

「非売品」「絶対に売りません」と最初に言っておきながら物語を語った最後に、機が熟したところで金額を提示する。

不勉強な人の未熟な知識の上に、欲と儲け話を上乗せする事が第3の法則。これが偽物に騙される方程式。

人を陥れるには、まず利益を与えてやり、後に策を巡らせれば、中人以下は皆落ちるものなり。

坂本龍馬の処世訓である。現代で言うところのプロダクトローンチってやつです。僕は歴史に疎いからこの本を読むまで知りませんでした。自己啓発セミナーや信者ビジネスの基本となっている、極めて高い集客効果と再現性を誇る、心理学をも用いられた最強のマーケティング手法と呼ばれているプロダクトローンチが幕末からあったとは。

SNSやYoutube、メールマガジン、Lineなどを駆使して初心者を誘導して信者を囲い込む。目標額に達成する数の信者を確保したら、信者の熱が上昇した頃合いを見計らって、情報商材を売ったりセミナーを開催したりという。SNS上にはそんな信者さんの「このような有益な情報を無料で教えてくれるなんて!」と歓喜の返信が良く見受けられます。そのような情報は書籍やインターネット上に無料でいくらでも転がっている。しかし恋は盲目と言うか、夢中になって周囲が見えなくなってしまっているのでしょうね。脚色された偽物のストーリーにハマッてしまう。夢や希望や儲け話に釣られやすいのは、時代が変わっても同じなのですね。twitterからの誘導は詐欺と判り易いブログコンサル系が多いようです。

デジタルコンテンツはフリー(無料)を前提にして、そこから収益をあげるビジネスモデルを構築する概念は、2009年に刊行されたクリス・アンダーソンの著書「フリー(無料)からお金を生み出す新戦略」あたりから確立されている。

嘘をつかないで人を騙すテクニックが高度化している。

開運!なんでも鑑定団の番組内で、著者が所有者の意にそぐわない鑑定をすると「中島さんはそうおっしゃるけれど、私は本物だと信じて疑いません。」偽物に付加されたストーリーを信じ込んで、方向転換できない例も挙げている。

特定の属性の人を集め、商品を売るマーケティング手法、DRM(ダイレクト・レスポンス・マーケティング)も取り入れられています。特定の属性の見込み客が対象になっているから、属性外の見解を受け入れる事が出来なくなってしまい、視野が狭くなってしまったりする例も多いです。

偽物は語りが多い

由来や伝来に無理があり、喋り過ぎる事がとても多い。品物は口を利かないが、人間は口を利く訳だから、饒舌な語りの中に嘘が見える。

人間関係や売買に関わる全てに当てはまる内容

捨て目を効かせる

骨董の世界には偽物を見極めるのに「捨て目を効かせる」という教えがあるそうです。

真贋を見極めるには、注意深く対象を観察しているのだけれど、夢中になり過ぎず一歩引いて冷静に客観的になってから結論を出す。比較検討も時には必要。「木を見て森を見ず」に陥ってはいけない。「自然体でいながら常に周囲に注意を払う」と著者は言っている。

また「立派な外箱に惑わされてはいけない。」とも言っています。鑑定書や箱書きにも脚色や偽物があると。装飾に惑わされてはいけないという教訓ですね。

偽物を見極めるには、本物を知っていなければならない。本物を見て自己を磨け、と言っています。

生物にも擬態や保護色というものが存在する。「見せかける」装飾は人間の知恵を働かせたような行動や行為ではなく、生存本能から発した本能的な行動なのかもしれない。

骨董の世界に限らずとも、何事にでも当てはめる事が出来る、含蓄に富んだ読み応えのある本でした。

しかし様々なジャンルにおいて偽物がはびこっている現在、「ニセモノが悪いとは思わない。ホンモノだらけではこの世の中、無味乾燥でつまらないじゃないか。」という著者のスタンスには賛同しかねるけれど。