自己責任とは何か?

2024年3月24日

事故救助

まずはこの記事を読んで欲しい。

「登山は自己責任」は正しいのか。遭難ニュースで目にするネットとメディアへの違和感

登山に於いては死者行方不明者合わせて年間300人以上。遭難は年間3,500件以上にも及び、年々増加傾向にある。

古くから登山界では事故や遭難に伴う自己責任論が繰り返し議論されている。

対象も日帰り登山を楽しむ一般登山愛好家から、世界初を目標にするエキスパート登山家まで。

自己責任とは何か?

先ほどの記事をロードバイクなど他のスポーツや競技、ドライブや旅行など、登山をやっていなければ自己の関わる行動や趣味に落とし込んでみる。

トラブルや事故も無く自己完結する範囲で、家を出てから帰宅まで誰の手助けも得ず、誰彼の負担や迷惑にもならければ自己責任の範囲で行動出来たと言えると思う。

しかし登山では遭難や滑落などによる怪我などで捜索や救助が必要になれば、サイクリングに於いては自走で帰宅出来なくなり誰かの助けを受けた時点で、まして交通事故を起こせば警察や救急車、自動車や他の交通にも影響を及ぼしてしまい、自己完結の範疇での行動では収まらなくなる。

何らかのアクシデントがあれば誰かの助けを受けることになる。絶対にアクシデントや事故を起こさないと言える人がいるだろうか。

他人に助けられた時点で、また他人に助けられる可能性のある行動を取っている時点で、完ぺきに自己責任を完結することは出来ると言えるだろうか。

人のせいにしない、責任を他者になすりつけないことを自己責任と表現されることもある。

しかしひとたび事故をおこしてしまったら、自己責任とは他責しないことの対義語とはならなくなる。

自己責任とは他責しないこと、人のせいにしないこと、と言う意味ではないのだ。

自己責任の対義語に「誰かに責任をなすりつける」「人のせいにする」がある訳ではない。

自己責任を否定したからといって、責任を追及したり誰かに責任をなすりつけたりすることではない。

都合のいい自己責任

初めてのロードバイク

少しずつライドの距離を延ばしたり、普段走る道路の交通事情や気を付けるところを把握していく。

空気を入れたり注油したり、パンク修理に始まってメンテナンスの基礎や想定されるトラブル対処法を覚えていく。

知識やスキル、経験値も上がっていき『自分で出来ること』の範囲やレベルが上がっていく。

自身の成長や現在地のレベルを自らに問いながら把握して、目的地や走るコースの難易度を上げていく。

競技でなくても、いや寧ろ他人と競争するレースに参加するよりも、このような目標を掲げてロードバイクやスポーツを楽しむ人は増えているだろう。

学びや成長の為に、他者の負担にならないように行動を自己完結出来るように、自らに問いかけ行動範囲を広げたりハードルが上がっても自己完結するための目標として、自分自身に自己責任を問いかけるなら理解できる。

親や教育者が子供の自覚や成長を促すために『自己責任』と言うのは理解できる。

しかし、、、

ひとたび自走不可能なメカトラブルや怪我、ましてや交通事故を起こしてしまったら、、、

家を出てから帰宅するまで自己完結したとは言えなくなる。「無事帰る」の範疇ではなく他者の手助けを借りることになる。

今まで事故を起こしたことも無くても、これからも一度も事故を起こさないことはあり得ない。

どんなに気を付けても事故の可能性はゼロではありません。どんなに経験値を上げリスク回避の行動を心掛けていても知識やスキルが上がっても、事故の可能性を減らすことは出来てもゼロにすることは出来ません。

自転車機材に関しても同様です。学び経験値を上げることで、自分で対処できて修理可能なメカトラブルを増やしていくことは出来る。
しかし、自走不可能になる故障を減らすことは出来てもゼロにすることは出来ない。

サイクリストにとっての自己責任

交通事故

家を出て無事帰るまで自己完結していれば、その範囲の行動は自己責任が完結したと言えるでしょう。

しかし事故があり他者の助けを必要としたり、周囲に迷惑を掛けてしまったら・・・その時点で自己完結ではなくなってしまう。

登山をしている限り、どんなに学びスキルアップをしようとも可能性を減らすことは出来ても、絶対に事故や遭難を起こさないとは言えない。
それを自己責任と言えるのだろうか?自己完結していない行動に自己責任を呼びかけて良いのか?

そもそも自己責任とは自らに課す言葉であり、他者に向けて呼びかける言葉ではないのではないか。

というのが先に挙げた記事の内容です。

ロードバイクに限った話ではありません。内容やレベルを問わずサイクリングやドライブ、外出全般に当てはめられる内容です。

学びや成長のために自らに問いかける言葉としての『自己責任』は、何も間違ってはいないし適切な意味を持つでしょう。

しかし『自己責任』を他者へ向けた言葉として使ってしまえば、その意味が変わってきてしまう・・・。

『自己責任』

もう一度考えてみませんか。