タイラー・ハミルトン「シークレットレース」

2019年3月23日書評

ツール・ド・フランスの知られざる内幕

スポーツ界を蝕むドーピングの、単なる暴露本ではない。ステレオタイプに正義感を振りかざす告発本でもない。

ましてランス・アームストロングを陥れる事だけを目的としていない。

ヨーロッパを核とした自転車プロロードレースとは、ツール・ド・フランスとは、1人のアメリカ人が異国ヨーロッパへ渡りプロ・ロードレース選手として生き残っていく為には。

1人のサイクリストの、プロとしてレースで勝つためには、そして引退後までの赤裸々なノンフィクション。

ヘマトクリット値

負けっぷりがあまりにも無様だった。リースや、プロトン(集団)内にいる同じような超人たちを見れば、この世界で何が起きているか、気付かない訳にはいかなかった。

間違いなくドーピングをしている選手がいる。

チームメイトのアンドリュー・ハンプステン(1988年ジロデイタリア総合優勝、ツールドスイス2年連続総合優勝)は、全盛期のコンディションを取り戻していたにも関わらず、50位前後の成績しか収められなくなってしまった。ステージレースの平均速度は約3km/hも上昇していた。

ヘマトクリット値(血液中に占める赤血球の体積の割合)

「タイラー、君は43だ。」

チームドクターから測定結果を言い渡されたタイラー・ハミルトンは、軽い衝撃を覚える。
まるで自分が株式のように、43が価格であるかのような言い方に。その後、現実は正にその通りである事をまざまざと知らされる。

「特別なビタミンがある。」

「これはドーピングではない。健康のためだ。身体の回復を早めてくれる。」

「君はツールのメンバーに選ばれるチャンスがある。もっと健康でなければならない。」

最も激しくトレーニングし、最もドーピングに適応した者が勝者になる世界へ。

沈黙の掟を守る秘密結社へタイラー・ハミルトンは、その歯車に組み込まれてゆく。

ランス・アームストロング、USポスタル加入

癌からの奇跡とも言える復帰を遂げ、ファンを虜にするための、美談に仕立て上げるには絶好の下地もあった。
1999年から2005年にかけてツール・ド・フランス7連覇の金字塔を打ち立て、その後ドーピングにより記録剥奪。自転車ロードレース界の絶対王者として君臨したランス・アームストロング。
名声と地位、富と権力、全てを手中に収めたランス・アームストロング。ファンの目には、溢れんばかりのエネルギーで勝利を貪欲に目指すスーパースターとして。
しかし酷く気まぐれな性格で、度々チームメイトや友人には過度に辛く当たる。そして秘密主義。白か黒か、何事もはっきりさせたがり断定口調で結論付ける。
自分に疑いの目を向け攻撃して来る者には、容赦なく応戦し、執拗に罵り、ひねり潰してきた。

嘘には種類があると思う。自分を偽り誤魔化すための嘘。自己正当化のための嘘。地位と権力を確保するための嘘。同調と共調を目的とした、人間関係を円滑に保つための偽りの優しい嘘。慰めの嘘・・・。

善と悪の二者択一でしか物事を考えられないような、単純で幼稚な倫理観しか持てない人は読まない方が良い本だ。
そんな、愚かな思考パターンでは理解しきれない、現実の複雑怪奇さを突きつけられる。
そのランス・アームストロングと同じ時代を生きた、1人の自転車選手の自伝であり、リアルなドキュメンタリーである。

ドーピング=麻薬のような絶対悪、と浅はかに決めつけてはいけない深い闇がそこにある。

日産のカルロス・ゴーンもランス・アームストロングと同類だろう。エゴの塊のような権力者は、どの世界にもいるのかもしれない。
自転車プロ・ロードレースの世界に限らずとも、政治の世界で、企業内で、他のスポーツ界で、閉鎖的なコミュニティでは特に、それぞれの業界内に於けるシークレット・レースが、大なり小なりどこかにあるのかもしれない。

フロイド・ランディスの証言

僕は本当に「それはそういうものなんだ。」と受け入れている人が本当に多いことに混乱していた。どういうシステムでも 、この場合は自転車だけど、そういう大きなものでは、トップにいる人間が好きに操作できるのだと知らなかった。そんなことができるとは思っていなかった。そんなことを納得できなかった自分がいた。僕は「捕まるリスクを冒す奴があんなにいるなんて信じられない。」と思っていた。

だけどやがて見えてきたのは、単に危険を冒すことを厭わない奴だけじゃなく、実力のある者なら誰でも、その危険の中にいるということだった。僕はあんな事になるとは予想していなかった。公に全体を非難し、自分たちがそれを改善しようとしているのだと言っている連中が、実際にはそれを起こしていたのだとは、思いもしなかったんだ。

やったことの責任は僕にある。その決断をしたのは僕だ。誰のせいにする気もないし、誰かが僕に強制した訳でもない。「受け入れるか、それとも競技生活を止めるか。」選択肢はふたつにひとつしかなかったんだ。

(ランス・アームストロングについて)あけっぴろげで隠し事をしないのに、作り話の嘘はなぜかそのままにする。彼を非難するつもりはない。ただ知っているだけだ。話の辻褄が合わない、と。ランス・アームストロングの物語が本当であってほしいと願っていた。そして、失望した。

クリストフ・バッソン

決して輝かしい成績を収めた選手ではない。最大酸素摂取量VO2maxは85ml/kg/分を誇り、ランス・アームストロングを2ポイント上回る資質を備えた選手だった。
1998年ツール・ド・フランス開催期間中に起こったフェスティナ事件。フェスティナのチームカーから大量の禁止薬物が見つかり、チームごと失格を言い渡される。
チームぐるみでドーピングに手を染めていたフェスティナの中で、只1人ドーピングをしていなかったのがクリストフ・バッソンだった。
チームからドーピングをすれば10倍の年棒を提示されていたにも関わらずだ。ドーピングが蔓延するプロ自転車ロード競技界において、断固としてドーピングを拒否する姿勢を貫いた類い稀なプロロードレース選手だった。

「自転車界はフェスティナ事件以降もクリーンになっていない。」と発言したバッソンに対し、アームストロングは脅しを掛けバッソンを孤立させていく。
1999年ツール・ド・フランス第10ステージ、レース中バッソンに近づき罵った。「お前の言っているドーピング蔓延は嘘っぱちだ。お前が自転車レース界のイメージを地に落としている。
この世界から出て行け!」バッソンは翌日ツール・ド・フランスを途中棄権。その後27歳の若さで、ひっそりと引退し、競技生活に別れを告げる。

他の選手はバッソンの味方になれたはずだ。しかし誰もそうしなかった。アームストロングの迫力に気圧され、裏切者になる事を恐れた。ドーピングの舞台裏を口外しない、沈黙の掟を守ることがプロトン(集団)内での秩序を守る善とされていたのだ。

タイラー・ハミルトンは、その後バッソンに対する過去の非道と過ちを認め、正式に謝罪している。バッソンを村八分にした首謀者ではなかったが。絶対君主であるランス・アームストロング様のご意向に逆らうことが出来なかった過去に対して。

2019年現在、バッソンはフランス・アンチドーピング機関の広域参事官の職に就き、ドーピング撲滅に向けて努力を重ねている。スポーツ界をフェアでクリーンな世界にするために。

ランス・アームストロングの現役時代に沈黙の掟を破り真実を語ったのは、この勇敢なフランス人クリストフ・バッソンとイタリアのフィリッポ・シメオーニ。たった2人だけだった。

タイラー・ハミルトン

アメリカ・マサチューセッツ州出身。1995~2001年はUSポスタルチームに所属し、ランス・アームストロングのチームメイト。2002年からツール・ド・フランス優勝経験のあるビャルヌ・リース監督が率いるCSCに移籍。

ビャルヌ・リース監督も1996年ツール・ド・フランス総合優勝の現役時代に、大会期間中にEPOを1日おきに打ち、3度の血液ドーピングをした事を認めている。
ヘマトクリット値はなんと最大64にも達していた。EPOそのものを検出できる検査は確立されておらず、その後UCIの規定でヘマトクリット値50を超えたら失格とみなされるルール化がなされる。

(※僕は血液検査で49.9だった。ドーピングはしていません。清廉潔白です。)

2002年は落車骨折がありながらもジロ・デ・イタリア総合2位。2003年にはリエージュ〜バストーニュ〜リエージュ優勝、ツール・ド・フランスでは第1ステージで早々に落車し鎖骨骨折ながら総合4位入賞。
2004年アテネオリンピック個人タイムトライアルで金メダルを獲得するも、ドーピングにより2012年になってIOCは金メダルをはく奪した。
2004年9月、オリンピック後に開催されたブエルタ・ア・エスパーニャでドーピング処方医師のミスにより、他人の血液を輸血(血液ドーピング)して陽性反応が出て発覚したことが発端となる。

ハミルトンがドーピングを自ら認めたのは、2011年以降の事である。しかし、それまでハミルトンが嘘をついていた、と正義感を振りかざして彼を責める事はできない。
クリストフ・バッソンのように事実を打ち明けた者が、村八分にされ変人扱いされてしまっていたのだから。事実や正義がマイノリティだったのだ。ハミルトン自身はドーピングに手を染めたのは1997年からと本書で語っている。

自転車プロロードレース界のドーピング

ランス・アームストロング1人をエスケープゴートにして済ませられる問題ではない。プロトン(集団)内に蔓延するドーピングを認める(認めざるを得ない)暗黙の了解、チームやUCI(国際自転車競技連盟)にも問題があるだろう。

1990年以降に登場したEPO。テストステロン、ヒト成長ホルモン、そして血液ドーピング。検査をかいくぐる為に、そして効果的にドーピングを行い競技でのパフォーマンス向上の為に、組織ぐるみで医師の協力と指導の元にドーピングが行われていく。

ドーピングをしなければ生き残れない。

ランス・アームストロングだけがドーピングをして優位な条件で勝っていた訳ではないんでしょ?組織ぐるみで選手皆がドーピングしていたなら、それはそれで公平なのではないか?

こんな疑問もあるかもしれない。答えは否である。ドーピングの効き目は人によって異なる。素面の状態で同じレベルの2人の選手がいたとする。1人は選手Aヘマトクリット値49、もう1人の選手Bは41。
50%以下ルールがあるので、選手Aはドーピングでヘマトクリット値を上げる事が出来ないが、選手Bは8ポイントもヘマトクリット値をドーピングによって上げる事が出来る。
選手Bは15%もパフォーマンス向上し、圧倒的な差をつける事が出来るようになってしまうのだ。通常時のヘマトクリット値が低い選手ほど有利な条件となる。

誰が最も早いか、を競う自転車ロードレースのはずが、誰が最もドーピングに適応しパフォーマンス向上できるか、に変質してしまったのだ。
ドーピングでパフォーマンスを向上させた選手がスポットライトを浴び称賛され、クリストフ・バッソンのように、それ以上の素質のある選手でも、結果を残すことなく去っていく。
これでは、公平なルールの元に行われている競技と言えるだろうか。

メディアやファンに向けて対外的に感動を売り、その内側の世界では真実を語ってはいけない腐敗した掟「沈黙の掟」に縛られている。
光と影、スポットライトを浴びる表の世界と、その舞台裏の真実との対比。自省を含んだ、その赤裸々な告白である。

ランス・アームストロング

癌からの奇跡的な復帰を遂げ、感動物語で売り出したランス・アームストロング。表の世界でも舞台裏でも絶対的な権力者であった。
アームストロングのお気に召さないチームメイトは、移籍か引退しか道はない。スポンサーから貸し出された自家用ジェット機で、ドーピングのために医師の元に行くことさえあった。
ツール・ド・フランス期間中には血液ドーピングの為の血液パックを運ぶ、専属の運び屋を雇っていた。自宅の冷蔵庫に、無造作にEPOを悪びれずに保管していた。

勝利の為には手段を選ばず、自分の思い通りに事が進まないと気が済まない。

そんな人物だったのかもしれない。

何を言ったかではなく誰が言ったかで判断する

自転車ロードレース界にも、この負の側面が確実にあったのだ。

2010年5月、元USポスタルのチームメイトだったフロイド・ランディスが、2002年のUSポスタル在籍時代に、当時の監督のヨハン・ブリュイネールとアームストロングの手ほどきを受けてドーピングを行い、その後常習するようになったと証言。事態は急転し始める。

同年同月、全米アンチドーピング機関(USADA)が調査を開始。

2012年8月24日、全米アンチドーピング機関(USADA)は1998年8月1日以降の記録を全て抹消し、アームストロングに対し、永久追放を宣告した。

2013年1月17日、3日前に収録されたインタビューがテレビ放送され、アームストロング本人が初めて公の場でドーピングを認めた。

本書の英語版は2012年9月18日の発売。原題はThe Secret Race: Inside the Hidden World of the Tour de France: Doping,Cover-ups,and Winning at All Costs.出版に先駆けて2011年5月18日にハミルトンは、アームストロングが度々ドーピングを行なっていた事を、米CBSテレビのドキュメンタリー番組60 Minutesで証言している。

テレビ出演で証言したときにも、ハミルトンはアームストロングから「60 Minutesからいくら貰ったんだ!?」と執拗に問い詰められ、一方的な攻撃を受けていた。

ダニエル・コイル

ジャーナリスト。ノンフィクション作家。ノースウェスタン大学特任研究員。

本書は2年弱にも及ぶタイラー・ハミルトンのインタビューを元に、ダニエル・コイルがハミルトンの視点で、ハミルトンを1人称としてこの本を書いている。

トップレベルのプロサイクリストが、過去ドーピングについてすべてを語ったことは1度もない。

タイラー・ハミルトンは、何か大きな力に突き動かされているように語り続けた。そして、彼自身について好ましくない発言をする人物への裏取り取材も積極的に薦めてきた。真実を白日の下に晒すことに取りつかれているようだった。

ハミルトンにとっては、秘密結社を脱会し普通の人生へ帰還する旅。コイルにとっては、想像もしえぬ未知なる世界の核心に迫る旅となった、足掛け2年弱にも及ぶインタビュー。

僕は口を閉ざしてきた。あまりにも長い間、それを心の奥底に閉じ込めてきた。全てを語ったことが無かったので、自分が隠してきたものの真の姿を見る事も、感じる事もなかった。
そして真実を話し始めた途端に、巨大なダムが決壊するように言葉が溢れてきた。心が軽くなった。大きな意味のある体験だった。ずっと背負い続けてきた巨大な重しから、ようやく解放された気持ちになった。

真実は人を自由にする。

この最後の言葉が、富や名声、成績よりも大切なものに気付かせてくれる。

自転車競技トラック短距離種目日本代表の新田祐大選手 ドーピング抜き打ち検査のリアル動画

撮影@深谷知広選手

ワールドカップでメダルを獲得したときにドーピング検査があるのは、まあ当然として、3か月間で6回もドーピング検査を受けているとか!

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