栗城史多さんとドーピング

2019年3月24日

栗城史多さんのTwitterより

以後、この件に関して栗城史多氏からのtweetは無し。

こちらはエベレストベースキャンプで顔を合わせている野口健さんのツイートより

バイアグラはWADAの世界アンチ・ドーピング規定に基づく禁止薬物リストに載ってはいない。(2019年現在)

バイアグラは、肺動脈圧が低下、心拍出量が増加し、運動能力が高まる、という研究報告もあり、高地肺水腫の治療薬として有望との説もあるが、治療薬として確立されるまでには至っていない。

バイアグラの治療目的以外の服用は、倫理的にはともかくとして、現在のアンチドーピング規定に於ける禁止行為、違反行為には当たらない。しかし禁止されていないからと言って、やっていい事ではない。

しかし、2011年8月の栗城史多氏の一連の行為は、明確な血液ドーピングである。オリンピック競技であれば、数年の出場停止処分が言い渡される違反行為に該当する。他のスポーツであれば、スポンサーも間違いなく支援を打ち切り、去っていく重大な違反行為である。

しかも、血液ドーピングを「赤血球を鍛えるちゃんとしたトレーニング」(どこがだよ?)とうそぶいて無知を晒し、Twitter上での言い訳の幼稚な事・・・。

薬じゃないのでドーピングじゃないです。

完全に誤った認識です。なんという無知だろう。

スポーツにおけるドーピングとは

公益財団法人 日本アンチドーピング機構より引用

ドーピングとは「スポーツにおいて禁止されている物質や方法によって競技能力を高め、意図的に自分だけが優位に立ち、勝利を得ようとする行為」のことです。禁止薬物を意図的に使用することだけをドーピングと呼びがちですが、それだけではありません。意図的であるかどうかに関わらず、ルールに反する様々な競技能力を高める「方法」や、それらの行為を「隠すこと」も含めて、ドーピングと呼びます。

ドーピングは、自分自身の努力や、チームメイトとの信頼、競い合う相手へのリスペクト、スポーツを応援する人々の期待などを裏切る、不誠実で利己的な行為であり、ドーピングがある限り、そもそもスポーツはスポーツとして成り立つことができません。

ドーピングとは、運動能力の向上を目的とした薬物の摂取、意図的に又は科学的に血液や遺伝子を操作する方法全般を言う。また、これらを隠蔽したり、分かり難くするための方法や薬の摂取も含む。
血液ドーピングは紛れもないドーピングであり、IOCでは1988年からドーピングとして禁止されている不正な行為です。
自転車競技に於いては小型モーターを車体に内装し、補助動力を得る不正行為も「メカニカルドーピング」と言われ、ドーピングの1種として認識されています。
妊娠初期のホルモン分泌変化を利用する中絶ドーピングなどもあり、薬物摂取だけがドーピングではありません。

クリニックに聞いて。試合直前にやる選手とは違います。登頂が10月中旬です。この意味わかります?

わかりますよ。この画像は10月の登頂予定を見越して、血液を抜いているところです。後で時期を見計らって抜いた血液を「入れる」輸血する。これが血液ドーピングです。ですが、体外に抜いた血液には寿命があるし、日本を発つ前に輸血するつもりだったのだろうか。

最後にはラインホルト・メスナーやクリニックに責任転換している。※メスナーはドーピングをやってもいないし、疑惑の噂すら出ていない。

「知らなかったこと」そのものだけを叩いている訳ではありません。僕にだって知らない事は沢山ある。

知らざるを知らずと為す、是知るなり

学びて思わざればすなわちくらし

無知の知→知らなかった事を自覚する→学ぶべきは自分→思考回路が働き”学び”が始まる

知らなかったのなら、調べて、学んで、知らなかったことを知る。これが知識の蓄積であり、人間としての成長だと思うのです。スポーツ界には、市販薬や栄養ドリンクを飲んで陽性反応が出てしまう「うっかりドーピング」なんてものもありますから。

ソクラテスの「無知の知」のついでに「善美」についても。

善美とは、見た目の美しさだけでなく、倫理的、道徳的な美しさ。「徳」と置き換えられるかもしれない。

僕は善美や徳を備えた登山家(に限らずスポーツ選手など)を尊敬し、リスペクトします。僕の無知の知を自覚させてくれる先人に対しても同様です。

自転車ロードレース選手タイラー・ハミルトンやフロイド・ランディスらのように、当初は隠したり嘘をついても、後に過ちを認め正直に告白し謝罪すればよいだけの話だ。
栗城さんの一連の遣り取りには謝る事もなく、無知を晒し、無かった事にしてしまっている。その後も知らんぷりを通している。事なかれ主義と責任転換・・・1人の人間として、卑劣な行動と言わざるを得ない。

ランス・アームストロングは、現役引退以後の2012年8月、USADA(全米反ドーピング機関)の調査と決定により、過去の競技成績を遡り、ツールドフランス7年連続総合優勝を含む1998年8月1日からの全てのタイトル剥奪。及びトライアスロンを含む全ての自転車競技からの永久追放処分が科せられている。

登山が自転車競技の世界と異なるのは、そこにはランス・アームストロングのような王様はいない。監督もチームドクターもいない。
ドーピングを強制する者も、ドーピングをしなければその世界で生きていけない雰囲気もない。
全ては自称単独登山家である栗城史多さんが、自分1人の判断で及んだ行為であることだ。栗城隊の隊長を自称してもいました。

亡くなってしまってからでは、アンチドーピングを学ぶ事も出来ず、反省も出来ないけれども、もし生きていたら猛省を促したいと切に思う。「単独」の定義も含めてフェアプレー精神が著しく欠けていると言わざるを得ない。

この血液ドーピングの1件しかり、単独無酸素のはずなのにシェルパがすぐ救助に行ける上部キャンプに居たり、上部キャンプに酸素ボンベを荷揚げしていたり、自身のアタック前にシェルパに事前にルート工作をさせる、など・・・全て単独無酸素とは言えない登山・・・。
「応援する人々の期待などを裏切る、不誠実で利己的な行為」であり、シェルパのサポートが判明する動画を次々に削除した行動などは、ドーピングとマスキング(ドーピングが判明しないように隠す行為)のように、2重であり2倍の「応援する人々の期待などを裏切る、不誠実で利己的な行為」に他ならないと思うのです。

血液ドーピング(自己血輸血)はヘマトクリット値を上げ、酸素の運搬量が増え持久力が向上する。その反面、血液が”濃く”粘性が高くなるため、高所登山では尚の事、血栓症などのリスクが懸念されるだろう。心不全や肝炎のリスクもある。

日本人として初めてスペイン1周レースを完走した土井雪広の著書「敗北のない競技」より

2006年の春、同じチームにいたアルノ・ワラードという選手が死んだ。ワラードはその日、練習の後に彼女とディナーの約束をしていた。レストランで落ち合う約束になっていたので、彼女は車でレストランに向かっていた。

彼女がレストランに近づくと、大渋滞で車が全く進まない。道の真ん中で車が停まっていたせいだ。原因になっていた車をようやく追い越しながら車内を見ると、そこにワラードがいた。そのとき、心臓は既に止まっていたらしい。

毎年、何人かの自転車選手が突然死する。その原因のひとつとして言われるのが、血液ドーピングの副作用だ。有酸素運動の能力を上げるために、ドーピングで人為的にヘマトクリット値を上げると、血液がどろどろになってしまう。運動中はいいけれど、心拍数が落ちる睡眠中が危ない。血栓ができ、脳塞栓や心筋梗塞に繋がる事がある。

※栗城史多さんの死因がそうだと言いたい訳ではありません。アタックステージでは名目上”単独”の設定だった栗城さん。水分補給は充分に行っていたのでしょうか。

14サミッター8000m峰全14座登頂のプロ登山家竹内洋岳氏は、明確に「登山はスポーツでなければいけないと思います。」と断言している。

登山の「無酸素」「単独登頂」といった単語の意味が独り歩きしている現状は、水泳や陸上競技のような「タイムを競う」といった明確な目的のもとに、ドーピング禁止といったルールが明文化されている他のスポーツの現状とはあまりにかけ離れている。

2020年東京オリンピックからクライミングが五輪競技になるけれど、竹内さんが危惧するように、登山界のアンチドーピング理念の認識度は、あまりにも遅れているのではないか。

オリンピック競技やメジャースポーツのアスリートが、栗城さんと同じように血液ドーピングをSNSで公開し、トレーニングと言い張ったりしていたら・・・SNSは炎上し、選手は処分対象になり、ニュースにもなっていたでしょうね。

果たしてこんな人が教育に関わって良いものなのだろうか、と思わざるを得ない。

栗城さんがバイオロジカルパスポートの対象になっていたと仮定したら、果たして検査結果はどうなっていたのだろうか。

毎年のエベレスト遠征で、短期間に雑に済ませてしまう高所順応。記事化は断られていたそうですが、森山憲一さんのインタビューで「エベレスト北壁は難しすぎる」との指摘に対して「血中酸素飽和度が人より高い」と、的を得ない回答。

このドーピング問題と無関係ではないような気がするのです。

アンチドーピング:公正なスポーツ環境のために

陸上競技でも鉄剤注射が問題になったばかり。

ドーピングは不正行為です。

公的な機関から発信される正しい情報から、間違いのない知識を得て学んでいきましょう。

公益財団法人 日本アンチ・ドーピング機構

栗城史多さんに勇気をもらうくらいなら、この本を読もう。

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