土井雪広「敗北のない競技」

2019年3月28日

土井雪広

1983年生まれの日本を代表するプロロードレース選手。2018年に現役を引退。2005年から2012年までの間はスキル・シマノ、アルゴス・シマノのプロコンチネンタルチームに所属し、欧州を主戦場に活躍する。

2012年全日本自転車競技選手権大会ロード・レース優勝のタイトルホルダー。チームメイトの区間優勝をアシストしながらも、日本人初となるブエルタ・ア・エスパーニャ完走を果たしている。日本を代表するプロロードレーサーの1人。

本書は2014年の現役中に執筆されている。土井のヨーロッパでのプロロードレースの、険しく厳しい階段を上っていく自叙伝である。

現役時代の著書なのに、ここまで書いてしまっていいのかな?と言いたくなる程ぶっちゃけトーク全開です。

良い意味で、尖がっていて、生意気で、歯に衣を着せぬ物言いをする土井雪広。いつも全力、全開である。

そんな自己チュー(悪い意味ではなく)な土井がヨーロッパに渡り、フランス語で「下僕」を意味するドメスティーク(仏: domestique)としてチームメイトの勝利の為に、献身的に働くアシストとして喜びを見出すところが面白い。

僕の見たサイクルロードレース

〇〇〇km走るというような距離の概念が消え、全ては時間と強度でメニューが決まる、厳しいトレーニングの日々。

氷点下8℃、雹や雪が舞う中でのオランダでの練習。チームのトレーナーに電話をする土井「雹が降っている。気温は零下だ」トレーナーの返事は「それは困ったな」

「ボトルが凍ると脱水になる。ポケットに入れて走るといい」

トレーニングは、いつも疲労が限界を超えるギリギリのラインでメニューが決まる。

ドーピングは禁止薬物だけではない。WADAの監視プログラム下にある薬物や、効果はあるが禁止薬物にしていされていない、規定量以下なら陽性反応がでない薬物・・・。チームドクターから「痛み止めの薬」として渡される。「ゴール1時間前になったら飲め」

その薬を選手たちはカメラの目を盗んで、上手に映像に映らないように飲んでいた。

2012年7月17日、ツール・ド・フランスの選考に漏れた土井は、フランク・シュレックがツールでドーピング陽性反応が出た、とのニュースを見る。

驚きはまったくない。(メディアに何とコメントするかは別として)僕に限らず、プロトンの選手は皆そうだろう。この競技とドーピングは、今も昔も深い関係にある。僕は夕食を食べながら、こんなツイートをして寝た。

フランクが。。。こんな辛い競技ドーピングなしであんな早く走るのは無理なんだってば~~~

翌朝、目が覚めた僕はびっくりした。1000通近いリツイート、リプライも数えきれないくらい飛んできた。そのほとんどが僕のツイートを非難する内容だった。

「今のロードレースはクリーンなはずだ。こんなツイートをするのは、ツール・ド・フランスに出場できなかった妬みだろう。」

反論するのは簡単だった。僕が見聞きしたことを全部ぶちまければいい。あの選手も、あの選手もやっている。今でもドーピングはプロにとっては「常識」なんだ。けれど同時に、僕は日本のファンの極端な情報不足に気付いてもいた。そういう条件で議論を繰り広げる自信はなかった。

僕はツイートを削除して、謝った。

ツール・ド・フランスを完走した選手の足。過酷ですよね。

若干不用意な発言だったのかもしれませんが、誤る必要はないのに。その場の雰囲気を抑えるために、事実をオブラートに包んで謝罪するしかなかったのでしょうね。僕は情報不足が起因したというより、クリーンになったと信じたい感情と、批判=悪とネガティブな情報を受け付けない雰囲気が、世の中に形成されてしまっていると思うのです。

トレックセガフレードのパンタノがレース外検査でEPO陽性が発覚

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これは氷山の一角に過ぎない。

日本のメディアにも問題はあると思う。あまりにも批判精神がない。ヨーロッパではメディアがドーピング疑惑を追及したり、問題のあるチームや選手を叩く光景はしょっちゅう見たけれど、日本にはそれがない。すべてが、ぬるま湯に浸かった仲良しクラブのようになってしまっている。

そのせいか、日本のファンは純粋無垢だ。

けれど、映像のこちら側にある現実は、実は夢物語ではない。僕らの現実は決して綺麗なだけではない。

どうしてアスリートだけが清廉潔白だと思われるのだろうか。僕たちだって人間なのに。

綺麗な話や夢物語は確かに感動的だし、希望も貰える。でも、それだけじゃリアルじゃない。そろそろ、その先にある現実を見てもいいんじゃないか。影を見たくない気持ちは、正直いってわかる。ドーピングなんて無い方がいいに決まっている。

でも、それがあることがはっきりとしてしまった。ならば、より深く愛するためには、そこも含めてしっかりと見つめないといけないのではないか。

僕はちょっと喋りすぎただろうか。

それでもいい。

アンチドーピング:公正なスポーツ環境のために

現実から目を背け事実を隠しても、スポーツマンシップやフェアプレー精神、アンチドーピングの精神=スポーツの倫理観と言い換えてもいい、は確立できないと思う。

アスリートがドーピングのリスクを理解し、そのうえで自分自身、自分のとりくむ競技、スポーツ全体を守るために具体的な行動を行うことや、その教育活動を推進すること。さらに、ドーピングを予防する観点から、スポーツ、社会における「フェアネス」の価値観を共有していくこともアンチ・ドーピング活動に含まれます。

公益財団法人 日本アンチ・ドーピング機構より引用

何もスポーツに限らない。不正行為をして結果だけを求める価値観よりも、公正なルールと条件の元に努力を重ねていくことが、人としての成長につながるのではないか、と僕は思う。

公的な機関から発信される正しい情報から、間違いのない知識を得て学んでいきましょう。

触れないより事実を明らかにして、ドーピングはいけない事なんだ、競技力向上のために、パフォーマンス向上のために薬物に頼る事はいけない事なんだ。知ることによって、逆にアンチドーピングの意識を高めていくべきではないか。と僕は思う。

Grobal Cycling Network司会者

現役引退後は解説者として活躍していると共に、イギリス発の自転車専門メディア&チャンネルGrobal cycling networkが新たに始めたGCN Japanのプレゼンテーターを務める。MC土井雪広でGCN日本語放送が始まったのです。

GCNは米ディスカバリー傘下の最大規模のグローバル自転車チャンネル。

英語版の和訳放送もやってほしいなー。これからが楽しみです。

歯に衣を着せぬ発言

先日行われた2019全日本選手権後にも発揮。優勝した入部選手が一部で批判されている事に対して。

土井さん、僕はツイッターやっていないからリツイートできないけど

✖ブリジストン

〇ブリヂストン

ですよ。

2012年全日本選手権ロードレース優勝、本場ヨーロッパの地でヴェルタ(スペイン1周レース)を完走の実績がある元プロレーサー、土井雪広さんの著書。
そんな現役時代を歯に衣を着せぬ物言いで綴った自伝。
引退後に刊行する選手が多い中、現役中に書かれた本。
海外選手のドーピング秘話なども。