朝比奈隆「指揮者の仕事」

2019年4月4日

没後の2002年、朝比奈隆の交響楽談のサブタイトルで、木之下晃撮影の写真が添えられたインタビューと対談集。

指揮者の仕事: 朝比奈隆の交響楽談

1908年(明治41年)7月9日生~2001年(平成13年)12月29日没。93年の長きに渡る朝比奈隆の軌跡である。語り口は穏やかだが、真面目で勉強熱心、教養に溢れる氏の人生の道のりとその舞台裏。明治生まれの文化人はこうだったんだろうな、と憧れと尊敬の念を禁じ得ない。

理想の父親像として、理想の祖父像としての人気も絶大であった氏の生き様が垣間見れる1冊。内面からにじみ出るように音楽を指揮する、古き良き時代の指揮者の1人だと思う。

晩年はコンサートチケットも入手難になっていて、2000年前後は僕も仕事が非常に忙しく、馬車馬のように働いていました。氏のコンサートを生で聴くことが果たせなかった事が、今とても悔やまれます。

亡くなった今となっても、残された録音や書籍で朝比奈隆を知り、学ぶことはできるのです。

音楽の楽しみ方、楽しませ方

「目をつぶって聴くんですな。そうして眠くなってきたら、そのまま寝るんですな。」

ヨーロッパの音楽というのは、理屈っぽくて割合長時間だから、分かりにくい論文を読むようなところがあります。知らない外国語で話されているみたいで、ただ聴いているより仕方ない。

それがクラシック音楽の長所でもあり、難しいところでもあります。ただ、何度も我慢して聴いていると、なるほどそうか、みたいなところが出てくる。

さて、私たちの仕事についてお話ししましょう。

音楽家というのも芸術家扱いされることがあります。だが、演奏というのは楽譜という極度に抽象化されて表されているものを具体的な音にするという点では、職人仕事です。

「音大を出ていない素人」と揶揄されていたりもしたが、桂米朝との対談にも出てくる関西交響楽団、現大阪フィルハーモニー交響楽団設立時のエピソード。

京都大学の同窓会名簿を頼りに、住友銀行頭取鈴木剛に支援を依頼。鈴木はその場で三和銀行、大和銀行の頭取に電話で協力を依頼し支援即決。大映にも話を通し映画の仕事も見つけてくる。社団法人関西交響楽協会が設立されると鈴木は初代理事長に就任する。

南海電鉄社長吉村茂夫は車庫の跡地をオーケストラの練習場に提供。総工費14億円を掛け大阪市が建物を建設し、現在の大阪フィルハーモニー会館になる。

もし私が専門の音楽学校を出ていたら、こういう人脈にはめぐり合えなかったでしょうね。

1953年、丁度NHKが日本初のテレビ放送が始めた年に、ここでも住友銀行頭取鈴木剛の助言と尽力により、「本場ヨーロッパを一回りしてこい。」と海外渡航が厳しく制限されていた時代にヨーロッパの音楽を見学に行く。

フィンランドのヘルシンキ市立管弦楽団を皮切りに、ヨーロッパのオーケストラから指揮の依頼が来るようになり、3年後の1956年にはベルリンフィルを振るまでになる。フルトヴェングラー、ワルターの巨匠とじかに接し、シェリング、グルード、チェルカスキーらとも共演。

時代も味方したところはあると思います。しかし、これだけのことが出来る人脈と人徳、ほんとうに知性や教養を身に着けた、朝比奈隆さんだったから出来たことなのではないでしょうか。

フルトヴェングラーの真似をしてはいけない

カラヤンの真似は、やろうと思えばできる。フルトヴェングラーの場合は、恰好だけは真似できるけれど、中身は偽物になってしまう。

1級オーケストラの指揮の話を頂くのは、もちろん有り難いが、いろんなオーケストラにたくさん触れたい。指揮者は馬の騎手みたいなもので、駿馬にも駄馬も乗りこなせることが勉強。向こうのオーケストラで金儲けをするとか、どこそこのオーケストラを手に入れるとか、そんな気は毛頭ない。

シカゴ交響楽団を振る

シカゴ響エグゼクティブ・ディレクターが朝比奈のコンサートに足蹴く通い、CDも徹底的に聴き込み、入念に検討した上で朝比奈に指揮の依頼をする。アメリカでも日本でも非常に評価の高い演奏であった。

ブルックナー

ブルックナーの音楽は大変壊れやすい。ベートーベンやマーラーは構成が強いので壊れようがない。しかし、ブルックナーの場合は、下手をすると誤ったものを演奏してしまう恐れがある。

正直、他の作曲家の交響曲ならば、他の指揮者の演奏を聴くことが多いです。しかし、朝比奈隆のブルックナーは唯一無二の存在だと思うのです。人間の深淵。孤高の存在ではないかと。

まとめ

指揮は単に技術だけではない。指揮者の人格や品格までもが音楽に現れてしまうのだと思う。

僕は、単純な情報収集というよりも、知識や教養といった事柄が、自分の中でおざなりになりそうになった時、朝比奈隆の本を読む。初心に帰って、学生時代に帰ったような心境で、学び直そうと思えるから。

偉大な文化人、朝比奈隆に拍手と感謝!

朝比奈隆使用「運命」のスコアレプリカ

大阪フィル創立者、朝比奈隆が使用したベートーヴェン「運命」の総譜(スコア)のレプリカ。

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